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プロフィール

         





自己紹介


一人娘と転勤族の夫と暮らすアラフォー主婦 「さくら」です。


夫の転勤で東北・関東・近畿・九州と色んな場所を訪れるたびに(旅)に、少しでも引っ越しやすいように、また日々の暮らしをシンプルにするためにいらないモノを手放してきました。


有名な観光地を訪れて普段では経験できないことができたり、新しい土地でまた一からの人間関係の再構築など、転勤族ならではのメリット・デメリットはある中で、人生をかけて旅をする生活スタイルを楽しんでいます。


娘は現在7歳、女性にとって子どもを産むことは人生の大きな出来事のひとつ。

大変な過去があるから、今の穏やかな生活がとても大事に感じられます。


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1.(1)不妊治療と奇跡の妊娠



結婚した当初は自然と子どもを授かれるだろう、そう思っていました。


でもなかなか授かることができず、運動して血行を良くしたり身体を冷やさないように、食べ物にも気を付けたり、ストレスをためないようにする生活が3年、4年と過ぎていきました。


色々な人に「子どもはいるの?」と聞かれるのがとても苦痛でした。
聞く人は悪気がある訳ではなく挨拶程度に聞いてくると思いますが、その度に気落ちしてしまうのです。


またメールや年賀状で私より後に結婚した友人の出産報告を受けると、赤ちゃんはなんで私たちの所には来てくれないんだろう・・・と悩み、
文章ではおめでとう、良かったね!と伝えますが、心の奥で素直に喜べずに自己嫌悪に陥りました。


何か原因があるのではないか?そう思い31歳の時に不妊外来を訪れ夫婦で検査をしてもらった結果、夫には異常は無いことが分かりました。
私は検査の一部である卵管が通っているかどうかを調べる卵管造影検査を受け、両側卵管閉塞だと医師から言われました。


どちらか一方が通っていれば自然妊娠は可能ですが、左右とも閉塞している「両側卵管閉塞」だと治療をしないと妊娠は不可能なのだそう・・・


体外受精をするしかないと言われた時は状況をのみこめなくて頭の中が真っ白になり、診察室を出てから病院を出るまで、ひたすら涙をこらえていたのをよく覚えています。


妊娠しない原因を知り子どもを授かりたいと思って行った検査なのに、その結果に対して、どんなことであろうと受け止めようという覚悟が当時の私には無かったのだと思います。


不妊治療をどこか他人事で考えていたので、まさか私が・・という思いでした。


帰ってからポロポロ泣きながら夫に話すと、体外受精をしてみてそれでも授かれなかったらいい、子どもが欲しくてさくらと結婚した訳ではないから、その時は二人で仲良く生きていこう、と言ってくれました。



その言葉がすごく嬉しかったです。



不妊治療をしても必ず授かる保証は無く精神面・金銭面で色々な不安がありましたが、年2回自治体から半分くらい補助金が出ると知り、夫婦で話し合い受けることを決めました。


体外受精の予約を取り体調を整えている中、ちょうど東日本大震が起きました。

その影響を受けて物流が滞り、ライフラインが止まり、予定は延期に。

自分たちの生活のことで頭がいっぱいで、子どものことを考える余裕も無かったです。


少しずつ復旧が進みようやく1回目の治療を終え、結果授かることができませんでした。


喪失感と悲しみとで、しばらく何も考えたくないほどショックでした。
不妊治療って精神的にも身体的にも辛いですね。


落ち着いた頃に2回目の予約を入れようとしたところ、病院で希望者が多く次の予約はいつになるか分からないと言われ。

県内の不妊外来を探すも、家から高速を使って1時間以上もかかる所しか見つからず悩みました。


夫と話し合い、夫婦二人でも十分楽しいのだから子どもだけに固執するのはやめよう、と吹っ切れた気持ちで過ごしていたある日、生理が遅れていることに気が付いたのです。


妊活をしていた時から毎日基礎体温をつけており、高温期が続いていたのでまさか?と思いました。


でも、今までことごとくその期待を裏切られ続けてきたし、両側卵管閉塞の私が自然妊娠するわけがないと思いましたが、まさかの妊娠していることが判明しました。

嬉しいのとびっくりしたのと、信じられない気持ちでした。
今でもはっきり覚えています。


病院に行くと体外受精を担当した先生が、「本当ですか!?奇跡ですよ!!今まで両側卵管閉塞で自然妊娠した人を見たことがありません・・・おめでとうございます!」とかなり驚いた様子でおっしゃっていました。



1.(2)切迫早産で長期入院



3ヶ月頃胸がムカムカする軽いつわりがあった程度で、赤ちゃんの成長も順調でした。

安定期を迎え里帰り出産の手続きも済ませて、残りのマタニティライフを、夫との二人での生活を満喫しようとしていたある日、切迫早産の診断を受けたのです。


020227妊婦さん




その時はまだ7ヶ月、すぐに実家に帰った方が良いと先生に言われ急遽両親に迎えに来てもらい、里帰り出産予定の病院を受診して即入院に。


24時間点滴をつけてベッドで安静にしなければならないのは大変でしたが、ちょうど赤ちゃんの性別が分かり、エコー写真を見ながらこの子のために頑張ろうって思いました。


でも2週間を過ぎてもお腹の張りが収まらず、もし今産まれたら対応できないため、車で1時間ほど離れたNICUのある大学病院に転院することになりました。


実家の母に付き添ってもらいながら救急車で移動し到着した途端、お腹の張りを調べるノンストレステストのグラフが数分置きに山を描いて、何回もお腹が張ったので「このまま陣痛がきてしまうのでは」とものすごく焦りました。


気が気でないまま診察、これまでの経緯、帝王切開の同意書などを書き、張り止めの点滴もこれ以上あげられない濃度まであがりMFICUに入ることになりました。

MFICUとは母体胎児集中治療室のことで、切迫早産や妊娠高血圧症、糖尿病合併妊娠、前置胎盤などのなんらかのリスクのある妊婦さんが入院するところです。


強い点滴の副作用で数日間は身体に力が入らずフラフラする、気持ち悪くて食欲不振の状態になり、赤ちゃんのために我慢しなければならないと頭では分かってはいても落ち込みましたね。

副作用に身体が順応してくると、気持ちも前向きになりまた頑張ろう、と奮い立たせることができました。


トイレなど点滴と一緒に移動する不自由さはあるものの、入院生活にもだんだんと慣れてきました。


ただ25週で入院したので、正期産である37週はとてつもなく長く感じました。

食事とトイレ・診察以外はベッドの上でただひたすら安静にするしかできないのですから。


担当の先生からはまず32週を目標にしましょう、との事でした。

32週というのは赤ちゃんの排泄機能が備わり、肺が完成に近づく時期なのだそう。


ずっと先のゴール(出産)を見てしまうと心が折れそうなので、まずは近い目標を立てて過ごしていました。


30週くらいになり、MFICUから産婦人科の一般病棟に移ったのですがトイレが遠く、夜中でも関係なくナースコールで看護士さんを呼んで、車椅子に乗って行き来するような生活になったことが不便でしたね。


入院以来お風呂に入れず身体を拭くことと、2日に1回のシャンプーだったので、通常では考えられないです。本当に絶対安静だったんですよね。

そんな辛くて不安な気持ちを癒してくれたのが夫や両親との面会の時間、いつも優しく励ましてくれた先生、病室に同じ境遇で入院している人たちとの会話でした。


今日も無事に乗り切った、また明日も頑張ろうと一日一日を積み重ねて目標の32週を過ぎ、次は36週を目指します。

入院している人の入れ替わりが多く、夜中に急に陣痛が来たらどうしようと眠れなくなったりもしましたが、少しでも長くお腹の中で育ててあげようと、ただ祈る思いで過ごしました。


37週から正期産であるため、そこに向かって徐々に張り止めの点滴の濃度が薄くなっていきます。
2つ付けていた点滴が1つになり、日を追うごとに数値が下がっていくのと同時に、お腹の張りがだんだんと多くなってきました。


元居た地元の病院で出産を希望していたので移動する前日に、「子宮口が開いてきている、明日まで持つかどうか今日が山場になりますよ。」と先生に言われて私は思いました。この点滴がまさに命綱だったのだと。



1.(3)娘の誕生



当日は両親が迎えに来て車に乗るまでの間正面入り口や受付窓口などを見て、救急車で転院していつも決まったところ以外の場所は行けなかったので、こんな病院に入院していたんだと初めて知りました。


約3ヶ月ぶりに外の空気を吸ったときは、何て言葉で表現したら良いのか分からない、やっとこの日が来たんだと、頑張った自分を褒めました。

地元の病院に無事に戻り再度診察を受けると、明日の朝までに産まれる可能性が高いためすぐに入院になりました。


実家に帰りたいと思っていた私は「えっまた入院?」と残念な気持ちに。

でも今まで薄味・塩分控えめの病院の妊婦食を食べていたので、お昼に母が買ってきてくれたスーパーのお寿司とデザートのチーズケーキを食べたら、そんな思いが吹き飛ぶくらい、涙が出そうなくらいとっても美味しかったのです。


また、やっと念願だったシャワーを浴びることができました。
普段の生活だったら3ヶ月近くもお風呂に入れないなんてことは無いので、本当に気持ちが良くてありがたかったです。


その後すぐにお腹の張った時に今までとは違う、痛みを伴うようになり陣痛が始まりました。


もしかしたら赤ちゃんは私がずっと我慢していたことを叶えてから、美味しいものを食べてシャワーも浴びてすっきりしたタイミングを見計らっていたのかもしれません。


しばらく陣痛室に居て様子を見ていましたが痛みが軽かったので、一度病室に戻って夕食を食べていたら急に痛くなり間隔も短くなってきました。

長い長い入院生活でしたが出産はあっという間の安産、待ちに待った娘が誕生したのです。


36週と5日、娘も私もよくここまで持ったな、一緒に頑張ったな、
無事に産まれてきてくれて本当にありがとうと、感謝・感動の気持ちでいっぱいでした。



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1.(4)産後うつの診断



退院してようやく実家に戻ることが出来ました。

その時は嬉しいのはもちろんですが、とても現実離れした感覚だったのですよね。
ずっと入院していて日常生活から離れていたので、自分が浦島太郎になったような。


3ヶ月の期間が半年、1年に感じられたんですよね。


出産後に加えて入院期間が長かったせいもあり、身体が思うように動きませんでした。
精神面では娘のお世話をしなくてはならないのに、なぜか何もやる気になれない気持ちになりました。


産まれたばかりの娘を見てちゃんと育てられるのか、この先何かあったら全て私の責任だと、不安感・焦燥感が募り日にちが経つごとにその症状は悪化していきました。


なかなか授かることができないと悩んでから今日まで、やっとの思いで最愛の娘を産んだのに、娘は必死に生きようとしているのに、私は辛くて逃げたくて、次第に死にたいと思うほどに・・・


出産した病院で精神科を紹介してもらい、「産後うつ」の診断を受けました。

待合室にいる間も、両親に付き添ってもらい問診から先生の診察の間も涙が止まらず、何もしたくない、死にたいと、必死に今の状況を伝えました。

「必ず良くなるから死んではダメです。これだけは絶対に約束してください」と言われた先生の言葉を信じて、長い治療が始まったのです。



うつ病の中でも「産後うつ」は重い部類に入るのだそうです。

出産による急激なホルモンバランスの変化や、慣れない赤ちゃんのお世話での疲労・不安などが原因らしいのですが、
それに加えて私の場合は、切迫早産での長期入院も大きく影響していると思っています。


あの時は残りのマタニティライフを楽しみたいなと、やりたいなと思っていたことがすべて出来ず、色々我慢しなければならない。
でもお腹の赤ちゃんのために頑張れば必ず報われると信じて、もう少しもう少しと過ごしていた日々。


本当は出産してからが大変なのに、いつしか出産がゴールに思ってしまっていて燃え尽き症候群にも似た、自分の中でやりきった感がありました。


頑張りすぎて子育てをする体力も気力も失ってしまいました。


でも明らかに違うのは妊娠中は出産という終わりがあるけれど、産後うつには終わりが見えず、深い真っ暗なトンネルの中を手探りで歩いているような感じでした。



産後うつは一言で言うと、生き地獄でした。

朝起きるのも身支度をするのも何もかもがしんどくて、今まで当たり前に出来ていたことが出来なくて。

以前は普通に生きていたのに、心が押しつぶされそうな感覚でご飯も食べられず寝られない、今まで私はどうやって生きてきたのかが分からなくなりました。



薬を飲んで目を閉じて、このままずっと覚めなければいいのに・・・と思いながら寝るのですが、唯一苦しみから解放される時間は寝ている時でした。

でも朝目が覚めて布団の中で真っ先に「なんで目が覚めたんだろう。私、まだ生きているんだ」と思い、また辛い一日が始まります。



両親にも親不孝なことをしたなと思うのです。私の両親からしてみたら、育てた我が子が「死にたい」なんて言っていたのですからね・・・

娘は可愛いと思うのですが、自分の事でいっぱいいっぱいで。母が私の代わりに娘のお世話をしてくれたので本当に感謝しています。

夫もかなり心配してしばらく仕事を休み寄り添ってくれたのに、私のせいで周りにとても迷惑をかけて申し訳ないと、自分を責めました。

1ヶ月ほど経ち娘を実家の両親に預けて、夫と一緒に元住んでいたところに2週間ほど一時的に戻った時があります。

本当だったら産まれたばかりの娘を置いて行くなんて考えられないし、今の状況で何が正解なのか分からないけれど、育児の環境から離れて少しでも良くなるようにとの思いしかありませんでした。



1.(5)産後うつを乗り越えて



今の私がやるべきことは子育てだと、再認識してまた実家に戻り発病から3ヶ月を過ぎた頃、先生からうつの底を抜けてきたと言われ、地下トンネルから地上へ這い上がった、ほんの少しの希望が見えた瞬間でもありました。


調子がいい時は娘をベビーカーに乗せて散歩に出掛けたり、ある日はまたふさぎ込んだり。


気持ちが上がったり下がったりを繰り返しながら、ゆっくり良くなっていき始めた頃、娘が1歳になる前に夫の仕事の都合で転勤が決まります。

全く知らない土地に行くのはただでさえ不安なのに、産後うつを抱えた私がお互いの実家から遠く離れたところで大丈夫かと心配でした。


でも未来のことは誰にも分らないのだから、とにかく今は目の前のことを焦らずゆっくり毎日を積み重ねていこうと心掛け、初めて3人での生活がスタートしました。


1ヶ月に1回先生の診察を受け、うつ病は良くなっても再発しやすいそうで、しばらくは薬を飲み続ける必要がある、との事。

精神的にも安定する毎日が続き転勤先でも観光地へ行ったり、美味しいものを食べたり楽しめるようになりました。


その後、実家近くの場所へまた転勤になるのをきっかけに、少しずつ薬の量を減らしていくのですが、やめた途端また調子が悪くなってしまい再び病院に掛かることになります。

いつかは病院から卒業しなければいけないのに薬さえ飲んでいれば安心になってしまい、薬に対してとても依存していた部分があったように思います。



今入っている医療保険は80歳までしか保障されておらず、将来を考えた時に終身の医療保険に入り直したいと考えています。

でもうつ病の薬を飲んでいると入れず、薬をやめてから5年経たないと新しい保険に入れないそうなのです。

前よりもっと時間をかけて減らしていくこと、自分なりのストレス解消や物事をプラスに考えて工夫しながら薬に頼らなくても良いようにすること、この二つを目標に産後うつ発症から6年経ってようやく飲まなくて大丈夫になりました。


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不妊治療から始まりここまでの道のりが本当に長くて、子どもを持つことは当たり前ではなく奇跡だということ、
今 自分や家族が元気で笑っていられるのも、とても貴重でかけがえのないものだと、身に染みて感じるのです。



このブログでは、そんな毎日の中でのシンプルな暮らしを綴っています。

日々自分と向き合い文字にすることで気持ちが整理され、絶望感でいっぱいだったけれど希望を持てるようになり、今は生きていて良かったと心から思います。




シンプルな生活空間と自己成長


機能的なモノやデザインが好きでインテリア雑貨関係のお店があるとついつい立ち寄ってしまいます。

アレコレ眺めては、イメージを膨らませています。


見てるだけで「楽しくなる」「嬉しくなる」「前向きな気持ちになる」そんなモノに囲まれて、生活できればいいなと思い日々を過ごしています。

また、シンプルで快適な生活空間を作りたくて整理整頓や収納についても勉強しています。


自分だけでなく家族がリラックスできる場所、そんな素敵な空間を作っていきたいです。

と思うものの・・・

料理と掃除が苦手でズボラ料理や手抜き掃除でなんとか誤魔化せないものか日々研究したりもしてます。毎日の家事って、地味だけど大変じゃないですか?


テキパキと家事をこなせる人を雑誌で見るたび凄いな~と憧れてしまいます。


自分なりの工夫をしながら、少しずつでも成長していきたいです。


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お金のこと


お金の話ってどう感じますか?

私は、何となくですが気まずい、恥ずかしい、言ってはいけないことと思っていました。


でも、結婚して退職し専業主婦になり育児や家事に追われながら、夫の収入だけで生活・・・大丈夫なのだろうか・・・


そんな悩みを夫に打ち明けたら夫も色々考えていたみたいで投資(資産運用)について話してくれました。


最初は怖かったけど今では楽しみの一つになり、夫婦での共通の話題になり夫との会話も増え、お金をしっかり見つめれば私達の生活を豊かにしてくれる大事な「モノ」であることに気が付きました。


今では、資産運用が生活の一部として定着しお金にもしっかり向き合うことができるようになりました。


投資にリスクは付き物ですが、リスクという波をスマートに乗り越え理想の未来を作っていきたいです。




資格・読んだ本


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読んだ本
読んだ本1




さいごに


モノとお金に縛られないシンプルなスタイルを目指し、私たち家族が実践・工夫していることを公開していきます。

どうぞよろしくお願いします。


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プロフィール

さくら

Author:さくら
一人娘と転勤族の夫と暮らす40代主婦。

引越しが多い環境で、家族にとって生活しやすい家づくりや、モノの選び方を考えてきました。

ただ手放すのではなく、本当に必要なモノに囲まれたシンプルなスタイルを目指しています。

暮らし、ファッション、資産運用も含めたお金のことについて綴っています。

整理収納アドバイザー2級
クリンネスト2級・1級
ほめ達検定3級
温泉ソムリエ
マネーライフプランナー

現在メンタル総合心理を勉強中です。

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